09-03 旅商人

「私はリョウ。いいよ、そっちは無理に名乗らなくても。可愛い子供3人と老人連れて、のっぴきならぬ事情があるんだろう?」
誰が、何処から来て、何処に行くのか。
知ってしまい、尋ねるものがいれば、報酬如何によっては答えねばならない。
平原にて出会った旅商人、リョウと名乗る女は、そう続けながら、レムルスの眼前に商品を並べていった。
「ヴェ」
「この子の名前はコー。良いラマだろう? コーだけは売り物じゃないからね」
「リョウ殿。せっかくの取引、申し訳ないのだが、エメラルドの手持ちが無いのだ」
「良い声だね。私を警戒してなければ、油断もしていない。研ぎたての石の剣なら、これかこれかな」
「リョウ殿」
「物々交換ではどうだい。背中にぶら下げてる革靴、私の目は誤魔化せないよ。熟練の職人に作らせたね。あのおじいちゃんかな」
少し離れた距離で、二人のやり取りを眺めているヘチマと少女たちへ、リョウは笑顔で手を振った。
レムルスは少し思案をして、4人をこちらに来るよう、手招きをした。
村に辿り着くまで、なるべく足跡を残したくは無いレムルスであった。
だが、既に十分な情報量はリョウに伝わってしまっており、彼女が友好的である以上、邪険に扱うべきではない、との判断であった。
「マスター、この女は?」
真っ先に駆けてきたウズマキが、レムルスに問うた。
「ウズマキ、リョウ殿と呼びなさい」
「リョウ殿。私はウズマキ。マスターの一番弟子だ」
「はは。めっちゃ名乗ってるし。よろしく、小さな弟子さん。私は旅商人のリョウ。この子はコー」
「ヴェ」
「リョウ殿、私の言葉がわかるのか?」
「正直、部分部分だけど、東の方で使われてる言葉かな。ウズマキちゃんは整った顔をしているね。大きくなったら美人になるよ」
「本当か……! マスター、リョウ殿は良い人だなッ」
相手の良い所を持ち上げてくるのは、商人にとって挨拶のようなものであったが、レムルスは余計な事を言わなかった。
「姉ちゃん、茶があるじゃねぇか。しかもこりゃ、甘茶の上等なやつだ」
既にヘチマは品定めを始めていた。

「ありゃー、村かー」
リョウは頭を掻いて、言葉以上に難しい顔をした。
一通り取引を終え、今は全員で焚火を囲んでいる。
「ねぇって事ァ無いじゃろう。こんなに恵まれた土地が広がっとるんじゃ」
「じい様。もちろんあるにはあるよ。でも、あまりお勧めはしないね」
「もったいつけやがる。これだから商人ってやつは」
甘茶を満足そうに飲みながら、ヘチマは毒づいた。
「リョウ殿。こちらで、理由を聞いても良いだろうか」
レムルスは、毛布代わりに使っている毛皮をリョウに差し出した。
「革靴をもう一足。できれば、革手袋も付けて欲しい」
商人の真剣な眼差しであった。
その分、彼女の情報は信頼できるものだと、レムルスには感じられた。
「承知した。私が今身に着けているのでよろしいか?」
「やった。もちろんさ」
「脱がなくていいよ。レムルス。今から私が作るから」
囁くような声で、ムムが提案した。
「え? 作るって。はは、ムムちゃん、だっけ? これは大人の取引だから、悪いけど子供は……」
ムムは、必要な材料と道具を広げ、革靴を作り始めた。
「ちょ、ちょっと、おぉ? おぉぉぉ……」
ムムの迷いの無い巧みな手さばきに、リョウの切れ長な目が、どんどん丸くなっていった。
「魂消た。名人は、じいさんじゃなくて、ムムちゃんの方だったんだね」
リョウは、村の情報について話し始めた。

「ツル」という名の村が、ここから北西に徒歩でひと月ほどの距離にある。
リョウは紙と炭を使い、詳細な地図まで書いてレムルスに渡した。
周辺の小さな村がツルに集まり、人口が千人を超えるほどの、とんでもなく大きな村になった。
問題は、「鉄」という資源の鉱脈を、村が管理している事だと、リョウは言った。
「不味いな。そりゃ」
「鉄の採掘は全く進んでいない。村に戦士らしい戦士はほとんど居ない。後ろ盾の略奪者も付いてない」
「不味いなんてもんじゃねぇ、最悪だ」
ヘチマは言い切った。
「リョウ殿、ヘチマ殿、私たちにもわかるように説明してくれ」
不安そうに裾を掴んでいるペロの気持ちを、ウズマキは代弁した。
「ウズマキちゃん。もしも、狼の群れに、羊の肉を放り込んだらどうなると思う?」
「狼どもの奪い合いがはじまる」
「そう。その村が、羊の肉だって話なの。しかも特盛の」
ウズマキは、納得したようで、もっともらしく頷いた。
「時間の問題だろうね。今は数の力で何とかなってるけど、村長がヌルすぎるのさ。つまり、戦いを嫌がっている」
ペロは、より不安になったようで、レムルスの方を見た。
「村長がなぜ戦いを拒んでいるのか、これからどうするつもりなのか、リョウ殿はご存じか?」
「なぜかは知らない。これからどうするかは知ってる。鉄の採掘を進めて、略奪者が来た時の交渉材料にするんだって」
「めでてぇわな。旦那、こりゃダメだ。わざわざ嫌なもんを見に行く事ァねぇよ」
「いや、行こう」
ヘチマはギョッとして、レムルスを見た。
「リョウ殿が言っている事は理解できるが、実際にこの目で見て、判断をしたい」
ヘチマは大きく息を吸い込んで「仕方ねぇわな」と、吐き出した。
それがリョウには、興味深かった。
「じゃあ、一つだけ、おまけを」
リョウは、地図に添え書きをした。
「これを村の者に見せたら、私からの紹介って事で、村長と会えるかもしれない」
「リョウ殿、かたじけない」
「いいのいいの。私だって女だから、いい男にはいい顔をしたいのさ」
レムルスにしなだれかかったリョウを、ムムは皮靴を作りながら、横目でジロリと見た。