03-04 ウズマキの決意

ペロが芋を食卓に並べたが、レムルスは最初の一切れを口にしたまま、ずっと顔を伏せていた。
ウズマキは、出会ってから何度か、その様を見た事があったが、今のレムルスは、さらに深く何かを考えこんでいるようであった。
ウズマキは、今が、その時だと思った。
「ペロ、聞け」
「え、何? レムルスには内緒の話?」
「私は今から、レムルスと、これからの話をするための、準備をする」
真剣なウズマキの視線を受け、ぺロは真剣な顔を作って頷き返す。
「う、うんっ。分かった。え? 準備?」
すぐには言葉の後半を、ペロは理解できなかった。
「身なりを整えたい。今から水で身体を清める。新しい泥と葉が必要だ。今あるだけでいい。できるか?」
「あ……うん!! 大丈夫だよ。それくらいの泥と葉は、残ってるッ」
完全にウズマキの意図を理解したペロは、はりきった。
ウズマキは満足そうにうなずき、レムルスへと話しかけた。
「レムルス。私たちは少し席を外す。水路の奥だ。後でお前を招待するが、その前に……けじめをつけておきたい」
レムルスはまだ思案にふけったままのようで、ぼんやりと頷いた。
「……ウズマキッ。私、頑張るねッ」
ムムを失った悲しみが癒える事は無いとしても。
ペロは、家族が増える期待に、胸が熱くなっていた。
ペロとウズマキは、頷き合い、水路へと潜っていった。

レムルスは、少女たちが飛び込んでいった水路の入り口を、見つめていた。
確かに、この狭い水路がある程度奥まで続いており、さらに出口を塞げる工夫があれば、侵入を容易に許さないであろう。
少人数が潜むには、もってこいの場所であった。
ウズマキが「必ず驚く」と言っていたのも、頷けた。
ザパッ。
レムルスは驚いた。
戻って来たウズマキは、一糸ならぬ、一葉まとわぬ姿であったからだ。
「あぁ、すまんレムルス。仕上げをするから、あちらを向いていてくれないか」
平然としたウズマキからそう言われるより前に、レムルスは入り口側へと視線を移していた。
ウズマキに続き、ペロが戻って来た水音が聞こえる。
2人の少女が何やら作業をしている音だけが、岩穴内に響いていた。
今日に至るまで、様々な文化を持つ人々と接してきたレムルスであった。
そのレムルスが、なるべく目立たず、事を荒立てず、他の文化に溶け込む際に、己に課していたのは
「理解できないことは、理解できないままで良い」という事であった。
少女たちには少女たちのルールがある。
それで良い。
自分はいつまでも、この場所に居られるわけではないのだから。

「レムルス、準備ができた。こちらを向いてくれないか」
ウズマキの呼びかけに、レムルスはやや恐る恐ると、半身だけ振り向いた。
そこには、新しい泥で、全身に文様を塗りなおしたウズマキが、堂々と立っていた。
髪も綺麗にとかし、身に着けていた葉も新しくなっている。
瑞々しい生命の美しさを、レムルスは感じた。
「ウズマキは、レムルスに礼を述べる」
ウズマキは両手の指を胸の前で組み、深くレムルスに頭を下げた。
「暗い森の夜を越えられたのも、食料を確保できたのも、その食料をここまで運んで来れたのも、全て貴様のおかげだ」
レムルスもそれに倣い、頭だけを深く下げた。
「すごいねぇ、レムルス。ウズマキが誰かにお礼を言ったの、久しぶりに聞いたよぉ。レムルスはほんとにすごいんだねぇ」
茶化すな、という視線をウズマキから受け、ペロは首をすくめた。
「そして、お前には詫びねばならない。レムルス、私には、仲間のムムを略奪者どもから奪い返すという使命がある……」
しばらくの間を置いた後。
やがてウズマキの頬は赤く染まっていき、ついに少女は言葉を繋げた。
「その使命を果たすまで、貴様の妻にはなれないのだ」
「………………」
場を沈黙が支配した。
ウズマキ自身は、自分が言った言葉の余韻に、やや浸っているようであった。
(…………ツマ?)
彼女らの言葉を半分以上理解できているレムルスであったが、ツマという言葉が何を指すのか、理解できなかった。
ただ、この場においては、理解できないまま頷いてはならない、荘厳さすら感じていた。
救いを求めるように、レムルスはペロへ「ツマ?」と疑問を投げかけてみた。
ペロはギョッとした表情をし、ウズマキの方を見た。
にやけた顔を表に出さないよう苦労し、ウズマキは、レムルスに身振り手振りを交え、仕方なさそうに説明をした。
「ツマというのはだな、レムルス、ツガイと言えば良いのか、フウフと言えば良いのか。まぁ、そのつまり、お前がなぜ私を助けたのか、その理由だ」
後半はもじもじとしながら、ついに、ウズマキは言いきった。
「お前は、私が欲しいのだろう?」
レムルスが、ツマが妻を指しているとようやく理解した時、仮面ごと青ざめるような狼狽えを見せた。
その時初めて、ウズマキは、おかしいと思った。
「え? も、もしかして、違った?」
ウズマキは、当然レムルスに否定されると思っていた言葉だったが、レムルスは、コクコクと頷いた。何度も、何度も。
「……………………」
ただでさえ、紅潮していたウズマキの顔であったが、顔どころか、耳までリンゴのように赤く染まっていった。
ザパッッ。
勢いよく、ウズマキは水路に飛び込んでいった。
ペロは憤慨して、レムルスを問い詰めた。
「どういうことなの! レムルス!!」