06-03 魔術

レムルスがアリウムの一味に雇われてより、五日後。
カン……カン……。
レムルスがヘチマと共に雑事を終えた後、もはや日課となったムシロ編みをしていると、少女が食器を鳴らした。
「次の食事はまだじゃ。さっき食ろうたばかりじゃというのに」
ヘチマの言葉に少女は首を振った。
ヘチマはおや、と思った。
カン……カン……。
「旦那、もしかして、このガキァ、旦那のムシロを欲しがっているんじゃないのかい?」
レムルスがムシロを差し出すと、少女はひったくるように奪い取った。
「そんな寒い季節じゃあるまいし」
ヘチマは声に出して毒づいたが、その後、言葉を失った。
少女が、レムルスが途中まで編んでいたムシロを、編み始めたのだ。
それも尋常では無い速さで。
その手際を、レムルスは真剣に、ヘチマは驚愕の眼差しで、見つめていた。
あっと言う間に、一枚のムシロが編みあがった。
間近で見たレムルスとヘチマにとって、それはまるで魔術のようであった。
「見事」
レムルスは感嘆のため息をついた。
少女ほどでは無いが、口数の少ないレムルスが思わず口に出した言葉だった。。
少女は、「どうだ」と言わんばかりに、レムルスに向かって薄い胸を張って見せた。
ヘチマは老いた足を大急ぎで動かし、下の階へ報告するために駆けた。

その日から、少女の前でレムルスに、靴や手袋を作らせるよう、首領が命じた。
首領の作戦は功を奏した。
レムルスが作り始める度に、少女は材料の上質な干し草ごと奪い取り、魔術のような手際で、靴や手袋を仕上げてみせた。
丈夫で、美しく、誰が見ても上出来なものであった。
レムルスは必死に、その手際を目で見て盗もうとしていた。
だが、少女の手さばきはあまりにも早すぎて、レムルスの目をしても追いきれぬ部分が多々あった。
すると少女は、重要な箇所を、ゆっくりと編んで見せた。
それはレムルスをひどく喜ばせた。
ただ、少女は次々に作り終えてしまい、際限なくレムルスの途中成果も奪ってしまっていた。
「ガキ様よ。申し訳ないが、旦那の分も残してやっちゃぁくれまいか」
ヘチマは身振り手振りを交え、少女へ苦言を申した。
おそらく、少女は自分たちと共通の言葉を持たないのであろうと、ヘチマは気づいていた。
すると、その意図は概ね伝わったようで、少女はレムルスが編んだムシロに視線を移した。
「いや、ムシロの事じゃあねぇ。靴や手袋の事を言っとるんじゃ。見ねぇ、旦那の作った分なんて、一つもありゃしねぇじゃねぇか」
ヘチマは、山のように積み重なった少女の成果を指さした。
一味にとっては余計な事な気づかいであったが、既に物市へ出す目標の量には近づきつつあった。
少女のやる気を出させるために、ヘチマはレムルスのやる気も削ぎたくなかったし、何よりレムルスが気の毒であった。
「……」
少女は頬を膨らまし、そっぽを向いた。
クソガキめ。
ヘチマは舌を打ち、あぐらをかいたままぐっと身を乗り出して、少女を睨んだ。
「いいか。旦那の作ったモンは、ムシロはともかく、まぁそれはお世辞じゃが……それ以外のもん、靴や手袋は、お世辞にも売りもんにはならねぇ」
こんこんと、ヘチマは続けた。
「しかしじゃ、ガキ様よ。お前さん、飯の量を増やしてもらったにも関わらず、相変わらず旦那の分を半分もらってるじゃねぇか」
少女はそっぽを向いたままだった。
「思いやりってぇもんがねぇのか、お前さんには。えぇ?」
ヘチマが言い終えると、少女は「略奪者の一味であるお前たちがどの口で言っているのか」と、言わんばかりに、二人の男へ背を向けた。
「すまねぇ、旦那。あのクソガキ様ァ、あの通りじゃ」
レムルスは小さく首を振って、自分が編んだムシロを、じッと見つめていた。
ヘチマは「しまった」と思った。
先ほど自分が言った言葉を、レムルスが気にしてしまっているようだったからだ。
「あぁ、まったく、おかしな事になっちまったもんじゃよ」
ヘチマは大きく声に出し、毒づいた。