二度目の物市が終わった翌日。
夏の盛りでひどく蒸し暑いからか、レムルスがアリウムの一味を去る日であったからか。
その日だけは、レムルスと少女とヘチマ、三人とも、何も仕事を命じられなかった。
だが、ヘチマは不機嫌を隠そうもしなかった。
最後の昼食を採りながら、三人は無言だった。
レムルスが去る理由は、薔薇の一味がレムルスの賃金を値上げした事が原因であった。
それは、首領が到底受け入れられない額であった。
「旦那、次はどちらに行かれるんで?」
ようやく口を開いたヘチマに、レムルスは首を振って応えた。
次の雇われ先は決まっていないようだった。
「それなら、少しはのんびりできらぁなァ……」
正直、ヘチマは寂しかった。
レムルスと少女と、物作りに携わってきた日々は、ヘチマにとって、決して無為ではなかった。
少女とレムルスの2人であれば猶更だ、と、ヘチマは疑ってさえいなかった。
すると、レムルスが、少女と一時、二人きりで話をしたいと言ってきた。
「…………」
何も言わず、ヘチマは重い腰を上げた。
ふと、ヘチマはレムルスの剣に視線を向けた。
もう楽しみも無かろうて、それも良いか。
たとえ何が起ころうとも、全てを受け入れる覚悟をして、老人は下の階へと降りていった。
部屋には、レムルスと少女の、2人きりとなった。
食事中も少女は牢の片隅で、レムルスに背を向けたままだった。
今は横になっており、眠っているようにも見える。
「師匠。お世話になりました。ところで、もしよければ、私と一緒にここを出ませんか?」
まるで散歩に誘うが如く、レムルスが少女に語りかけた。
少女は飛び起き、レムルスに駆け寄って、黒樫の檻を手で掴み、レムルスの瞳を見つめた。
「…………」
「…………」
2人は視線で語り合っていた。少女は本気? と、問うた。
レムルスは本気だと、頷いた。
少女は、しばらくレムルスの瞳を見つめた後、うつむいた。
「無理」
囁くような特徴のある、声だった。
拒否をされたレムルスであったが、瞳は動かなかった。
「だって、レムルス、ヘチマみたいに、ご飯、作れない」
途切れ途切れだが、しっかりと理解できる、略奪者の言語を少女は喋った。
「努力します。それに、ヘチマ殿も、連れて行くつもりです」
レムルスは、少女の言語で答えた。
「嫌。行くのなら、一人で行って。私を巻き込まないで」
レムルスの瞳が動いた。
少女を連れ出し、アリウムの一味を裏切れば、薔薇から追われる事を、少女は知っていたのだろうか。
それならば、と、レムルスは、少女の言わん事を理解たつもりとなって、諦めた。
だがそれは、少女が口には出せぬ想いの、半分のみであった。
「レムルス、一つだけ、お願い、聞いて」
「はい。師匠の命であれば、どのような事でも」
少女は、密かに編んだ草紐と紙を取り出し、レムルスへと渡した。
私の仲間に、ウズマキとペロという名の少女がいる。
少女は淡々と、囁くように、そう言って、紙に炭で記した拠点の場所を、指さした。
「二人に草紐を渡して。私、死んだと、伝えてほしい」
受け難い指示に、うつむいたレムルスへ、少女は初めて笑った。
「師匠からの、命令、だよ」
レムルスは去り際、師の名を尋ねた。
長い髪の少女は、ムムと言った。