09-02 長旅

旅の準備は一日で終わった。
食料の備蓄は残りわずかであったし、身の回りの物以外で薬草など、必要なものが多いのはペロだけであった。
わざわざ資源の乏しい拠点の周りで準備に日を費やすよりも、旅先で現地調達をする方が効率が良いと判断した。
アメジストをどれだけ持っていくかを、ヘチマとレムルスが話し合ったが、全て残す事となった。
旅立つ際、ウズマキとペロとムムは、入り口を封印した拠点に向かって、しばらくの間、祈りを捧げていた。

ウズマキが斥候となって先を進み、通りやすい道を探して進んだ。
数度、本隊と往復しただけで、ムムが、レムルスに背負われていた。
「ムム、マスターに甘えるな」
「だって、ずっと檻の中で生活してたから」
そう言われると、気の毒に思い返す言葉も無いウズマキであったが、しばらくすると足をくじいたペロが、レムルスに背負われていた。

老人にしては足腰が強いヘチマは、行軍の足手まといにほとんどならなかった。
その上、ウズマキやレムルスより、その日のねぐらにすべき場所を見つけるのが上手かった。
「若い頃ァ、いろんな一味を転々としてた時期がありましてなぁ」
レムルスは、旅慣れたヘチマが同行してくれている事を、頼もしく思った。
ウズマキは役に立たないよりはマシだ、と思ったし、老人を完全に信用しているわけではなかった。

眠るための準備を終えると、ムムが当然のように一番上等な山羊の毛皮を持ち、レムルスの隣を陣取った。
「ムム、マスターはお前やペロを背負って疲れている」
「え、レムルス、疲れてるの?」
レムルスは一度首を傾げた後、首を振った。
「マスターも、ムムを甘やかすな!」

岩山地帯から森へ、森をさらに奥へ。
森の行軍は、特にペロを喜ばせた。
「すごいねぇ。緑がたくさんだねぇ。あ、これも食べられそう。あれも、あれも」
山菜、薬草や香草、たまに花をこっそりと、ペロは摘んでいた。
レムルスの歩調は、ウズマキとの行軍訓練と比べ、はるかにゆったりとしていたから、皆に疲れは無かった。

森の旅に慣れ始めた頃、ウズマキに油断があった。
草むらの茂みによって、地面の高低差に気づかず、崖から転落してしまった。
そこは身軽なウズマキであったから、可能な限り落下する速度を緩めるために土や草をひっかき、受け身を取り、命の無事を得た。
しばらく動けないままでいたウズマキが、ようやく顔を上げると、黒い仮面の男が居た。
「マスター……申し訳ない。あ、足を、くじいてしまった……かも」

旅先で食料を調達し、毛皮も集まり、全員が来たる冬に備えた装いを整えた頃だった。
透き通るように綺麗な小さな湖を発見した。
まずウズマキが、全身の葉と毛皮を脱ぎ払い、一糸まとわぬ姿で、勢いよく水の中へ飛び込んだ。
ペロとムムが、レムルスとヘチマの視線を気にする事なく、ウズマキに続いた。
「おぉ寒い。やはり、まだまだガキじゃのぅ。で、旦那も行かなくて良いのかね?」

朝、ねぐらから外に出ると、既に雪が積もっていた。
冬が来たのだ。
雪を初めて見たウズマキとペロは大はしゃぎで、雪合戦を始めていた。
ムムは何やら雪で小さな造形物を作り始めていた。
完成したそれは、一糸まとわぬレムルスの、精巧な雪の像であった。

ねぐらの洞穴から、ほとんど外に出る事なく、既に三日が経過をしていた。
外は猛吹雪となっており、五人の歩みは完全に止まっていた。
「旦那、この辺りの雪は悪くねぇな。農作をしとる村が、見つかるかもしれねぇ」
前向きなヘチマの言葉を、レムルスはありがたく思い、ムシロを編みながら頷いた。
ペロは薬草の調合を、ムムは雪の行軍に向いた革靴を作り、ウズマキはただ、槍を磨きながら、暇を持て余していた。

ようやく森を抜けた先は、春の平原地帯だった。
その広大さに、その風に、その光に、少女たちは目を丸くした。
「運がいい。旦那、持ってるね」
「ヘチマ殿、皆が頑張ったおかげだ」
「頑張る? 馬鹿いっちゃいけねぇ。あぁいうのは、遠足って言うんだ」