06-02 薔薇の一味

黒樫のヘチマにとって、奴隷少女の世話は、毒づく暇が無いものであった。
首領は、この少女に靴や手袋を作らせるよう、良質な材料を用意したが、少女はそれらを目前にしても、全く手を出そうとしない。
陰気で頑固な少女だった。
どれだけ若い男たちが怒鳴りちらしても、時には身体を鞭で打っても、うめき声一つ上げなかった。
「お嬢ちゃん。物を言わんのか、言えんのかワシは知らんが。せめて飯の礼ぐらいは、するもんじゃないかのぅ」
牢に入ってから、何一つ言葉を発することの無い少女であったが、食事だけは、毎日しっかり大人顔負けの量をたいらげていた。
「飯食って、怒鳴られて、寝て。飯食って、怒鳴られて、寝て。鞭を打たれて」
食器を片付けながら、独り言のように、ヘチマは毒づいた。
「お嬢ちゃんなんぞに、たいしたもんが作れるとは思えんが、せめて言う事を聞いていれば、鞭で打たれることは無いじゃろうて」
少女の食事は、ヘチマなどが食べるものより、よほど上等な肉や山菜や芋だった。
「あぁ、お嬢ちゃんの背中に塗る薬が切れてしまいそうだ」
ヘチマは、若い男たちを呼ぶために、木の板を3回叩いた。
階段を上り、若い男が面倒臭そうに顔を出した。
「なンだい、じぃさん。先に言っとくが、ガキのおかわりは無いぜ」
最初のうちは、少女が食器を差し出すままに、食事の追加を供給していたが、もう今では毎日最低限度の量しか与えていなかった。
「塗り薬が切れそうじゃ。薬草を摘んできてくれんかのぅ」
「面倒くせぇなぁ。そうだ、昨日からウチに来た、客人にやってもらうかな」
「客人とな?」
「あぁ、物市場の日も近いだろう。首領が薔薇の一味を雇ったんだ」
「薔薇の……!?」
薔薇の一味の名は、年老いたヘチマをして、背筋が凍る思いにさせた。
薔薇の一味とは、戦闘に極めて秀でた、略奪者の一党であった。
海の孤島を拠点として、剣や弓の腕を鍛え続け、他の一味に傭兵を派遣し、生計を立てていると聞いていた。
近隣で薔薇の一味を見た事は無く、遠い場所のおとぎ話ではないかと、ヘチマは思っていたほどだった。
「おめぇ、馬鹿を言っちゃいけねぇ。薔薇の一味に雑用をやらせるなんて、命がいくつあっても足りねぇぞ」
「それがな、もともと奴隷だった奴らしい。図体はでかいが、線が細ぇからなぁ。まともに剣が触れるのかどうかも、怪しいもんだ」
「したって、おめぇ……」
「だいたい、ウチがそんな一流の剣士を野う金があるのかって話よ。薔薇の一味だぜ?」
「眉唾か…………まぁ、言えてるわな」
「首領の無駄使いにならねぇといいけどな。物市場にしたって、ウチには剛のヒガクチがいるってぇのにねぇ」
季節の変わり目に一度、物市場という、近隣の略奪者一味が集まり、取引をする市が開かれる。
その場では、もめ事や、重要な取引は、代表の戦士を出して戦い、その結果で収めることが通例となっていた。
「その、薔薇の人は、下に居るのかい?」
「あぁ、すぐ下の階だ。やることが無いってぇから、ムシロを編んでいる。そっちは意外と器用だぜ。少なくても俺よりな」
剣なら、むしろ自分の方が強いと言わんばかりに、若い略奪者は反り返って笑った。
「働かないが大男並みに飯を食うガキと、ムシロを編む奴隷上がりの剣士ねぇ……」
ウチの一味も多種多様になったものだ、と、ヘチマは心の中で毒づいた。

その日から、ヘチマの雑用は、その奴隷上がりの剣士が請け負うこととなった。
黒い仮面の剣士は、名をレムルスと言った。
「レムルスの旦那も、変わり者じゃのぅ」
どんな雑用でも、レムルスはヘチマの言う事に従った。
それでいて、へりくだった風も無く、かといって、老人のヘチマごときに、と、他の若い者のような嘲る様子も無い。
淡々と物事をこなす男であった。
「剣士なんじゃから、素振りの一つもしてりゃぁよかろうに」
ヘチマの言葉は、嫌味ではなかった。
もし本当に少しは実力があるのだとしたら、素振りの一つもすれば、周りも見直すのではないか。
いつも若い者らに見下されているレムルスを、ヘチマは素直に思いやっていた。

自ずと、ヘチマとレムルスは、少女がいる最上階で、同じ時を過ごす事が多くなった。
年端もいかない少女が捕らえられている事に、レムルスは何も言及しなかった。
だが、きつく結ばれた足枷を緩めたり、自分の食事を半分与えたり、何かと世話を焼いていた。
それらは、首領に知られればきつく咎められる行為であったが、客人のする事ならば、と、半ば自分を言い聞かせ、ヘチマは見て見ぬふりをしていた。