レムルスがウズマキを鍛えている間、ペロは、ウズマキとレムルスのために、新しい草靴を編んでいた。
貴重な山羊の皮は、なめしたままにしてあるが、それで皮靴を作るという発想は、ペロには生まれなかった。
日々、訓練の合間に、ウズマキとレムルスが薪や丈夫な草を採ってきてくれるので、材料は十分にあった。
特にウズマキは、訓練によって草靴を、すぐ履き潰してしまう。
冬に向けて、可能な限り厚みのある草靴になるよう、ひと編み、ひと編みを、心を込めて編んだ。
だが、以前、ムムが編んでくれた草靴とくらべれば、見た目の美しさも、丈夫さも、ほど遠い出来だった。
ペロは、略奪者に連れ去られたムムを思った。
元気だろうか。
ひどいことをされていないだろうか。
お腹は空いていないだろうか。
気が付いたら、ムムに作ってもらった耳飾りを撫で続け、手が止まっていた。
落ち込むものの、ペロは再び手を動かし始めた。
岩穴の寝床では、日の傾きは分からない。
感覚として、そろそろ、食事の準備をする頃だと思った。
ペロは完全に手を止め、背伸びをして、干し芋を一つかじった。
ウズマキの分はほぼ完成しつつあるが、レムルスの草靴は大きいので、あと1日2日は要するだろう。
香草の貯蓄を確認していると、ウズマキの好きな、辛味の強い香草が切れかけている事に気が付いた。
薬草も2つ、3つ、量が不安だった。
近頃、ウズマキはレムルスと行軍訓練のほかに、戦いの訓練も行っており、ウズマキには生傷が絶えない。
香草と薬草を採りにいくかどうか、ペロは迷った。
山羊は、近頃全く姿を見せない。
この辺りが、レムルスとウズマキという、より獰猛な生き物の縄張りだと、獣たちも気づいたのだろう。
略奪者の姿も、ムムがさらわれてから、およそ100日は見ていない。
でも、決して油断はしないようにしよう。
ペロは、自身がが戦いにおいて足手まといなのは、分かっていた。
その上で、略奪者からムムを救おうと足掻いているウズマキのために、出来る限りのことを、したかった。
訓練をほぼ終えたレムルスとウズマキが、拠点に戻った。
拠点の入り口には、ペロが残した置石が残されていた。
それを見た途端、ウズマキの顔色が変わった。
日の傾きを示す置石が、ペロが出立してから、長時間帰って居ない事を示していた。
レムルスもウズマキ同様に、置石が示す意味を、これまでの生活で十分に理解をしていた。
「間もなく日が落ちる。マスター、急いでペロを探そう」
既にレムルスは、置石が示した方向と、ペロの足跡を追い、駆け始めていた。
獣を遥かに超える速さで、すでに姿が小さくなったレムルスの背中を、ウズマキは長槍を握り追いかけた。
しかし、距離は縮まるどころか、数呼吸の間に、レムルスの姿は岩山の奥へと消えていった。
ウズマキは、強靭なレムルスの脚力に驚き、また、これまでの行軍訓練ですら、自分に合わせて加減されたものだと、思い知らされた。
ウズマキは頭を振り、ペロとレムルスの足跡を追うために、再び駆け始めた。