09-01 旅立ち

───鋼鉄のレムルス 第2部

「ヒナギクの一味ってぇのは、どうですかい。ガキも多いし、キクの印はワシや旦那にぴったりだ」
石鍋の芋汁をかき混ぜながら、黒樫のヘチマは申し出た。
「マスター、あのじじいは何と言っている?」
レムルスが通訳をすると、ウズマキは顔を真っ赤にした。
「誰が略奪者の一味になどなるか! じじい、はっきりと言っておくが、お前は命を奪われないだけありがたいと思え!」
身振り手振りを交えたウズマキの激しい言葉は、レムルスの通訳を必要としなかった。
「おっかないガキじゃのぅ。気の毒に、嫁の貰い手も無いじゃろうて。一味を増やさねばならぬのに、難儀なことじゃ」
ヘチマはどこか楽しそうに、毒を吐いていた。
「マスター!」
「ウズマキ、お前がヘチマ殿を許せないのであれば、私が許される道理は無い」
「ぅぅ…………マスターが許せと言うなら……許そう。しかし、マスターは、私たちを略奪者にしたいのか?」
「いや、そのようなつもりは一切ない。しかし、まずは互いに、やりたい事、やらねばならぬ事を、率直な言葉で交わしたいと思っている」
「……うん……うぅん……うん、分かった。では聞こう。先ほどあのじじいは、私に何と言ったのだ?」
レムルスは、答えに窮した。
すると、ぴったりとレムルスに寄り添い、煮える前の芋をつまみ食いしているムムが、囁くように呟いた。
「ウズマキは、嫁の貰い手が無いだろうから、かわいそうだって」
「クククッ、くそじじい! 言ってはならぬ事を言ったな!!」
ウズマキは槍を握り立ち上がった。
「ウズマキ」
「だって! 私が、よ……嫁の貰い手が無いって……マスターも、そう思っているのか?」
槍をもじもじと握りながら、ウズマキは上目遣いでレムルスを見つめた。
「……そんな事は無い」
「えへへ。そっか。ならじじいに何言われても、私は気にしない」
「レムルス、少し間があった」
「ムム、そういう事を言わないの」
手際良く、様々な料理の味付けを仕上げながら、ペロがムムを窘めた。
「だって」
「ムムも、ウズマキも、本当にレムルスが好きなんだねぇ」
ペロは目を細めた。
「うん。ペロも、レムルスが好きなの?」
淡々と、ムムが囁いた。
「そうだよ。でも、ウズマキやムムほどじゃ、無いと思うなぁ」
「なんで?」
「なんでって……なんでだろう? ウズマキに怒られるから、かなぁ」
「別に、私は怒らないぞ。ペロと私、二人がマスターの嫁になっても、良いではないか」
「え、いいの!?」
ペロは顔を崩して笑った。
「え、私は?」
ムムは表情を変えないまま怒っていた。
「お前は、なんかやだ」
ウズマキは、まだ再会した時の事を根に持っていた。
「じゃあ、私もやだ。レムルスは私の弟子だから、ウズマキなんかにあげない」
「そ、それはずるいんじゃないかなぁ!」

アリウムの拠点である塔には、ムムが作った革の装備など、貴重な品が残されていた。
だが、その全てにレムルスは、手を付けなかった。
今となっては修復不可能な関係となってしまったが、これ以上、恨みを重ねるのは得策では無かったし、何よりレムルスは、もう略奪者では無いつもりでいた。
塔の管理は、黒曜石のアクアボスに一任をした。
「承知」
レムルスの意図を理解したアクアボスは、快く引き受けた。
アクアボスは、アリウムの一味が戻って来れば、塔を明け渡すと約束してくれた。
その対価は、レムルスらが持参していた、こぶし大ほどのアメジストであった。
「ありがたい。思わぬ収入を得た。レムルス殿に心の底から感謝する」
アクアボスら、スズランの一味と別れ、レムルスとウズマキは、ペロの待つ岩穴の拠点へと戻っていた。
ヘチマは当然のように付いてきていた。
ムムとの再会にペロは喜び、泣き、また喜び、ありったけの御馳走を作り始めた。
「賑やかな事じゃて。まま、旦那、一杯やりましょうや」
ヘチマは身の回りの物以外で、レムルスに隠れて酒だけをくすねていた。
「ヘチマ殿は、やはり、略奪者の稼業からは離れられないのだろうか」
レムルスは、木の器に注がれた酒に口を付けず、ヘチマを見た。
「いんや。さっきのは冗談みたいなもんさ。じゃが、ワシはもう旦那を首領だと思っておる。旦那がやりたいように、やっておくんなさい」
レムルスは、ようやく酒に口を付けた。
「しかし、私はヘチマ殿も友人だと思っている。どうか今まで通り、接してほしい」
「泣かせるねぇ。で、これからどうなさるおつもりで?」
「村を探したい。なるべく、略奪者と関わりの無い」
「…………」
ヘチマは、難しい注文だと思った。
村自体を探すのが難しい。
見つけた所で、略奪者と大なり小なり関わりのある村がほとんどだ。
また、老人と子供3人を連れた剣士を受け入れてくれる村など、あるのだろうか。
「よござんす。付き合いやしょう」
「かたじけない」
レムルスは、ヘチマの器に酒を注いだ。
「薔薇の追っ手がやる気を無くすぐらい、遠くが良いでしょうなァ」
「薔薇は私が対処する。気にしなくていい」
「したっけ、旦那……いや、旦那がそう言うなら、任せやしょう」
静かなレムルスの言葉であったが、ヘチマが心に決めた以上に、逆らい難い彼の決意を感じた。
薔薇の追っ手を思うと、食欲も失せるヘチマであったが、煮えた芋汁をすすると、衝撃を受けた。
「美味い」
長年一味の給仕を任されていたヘチマをも唸らせる、ペロの手料理であった。
ヘチマの感嘆に、二人の話を横で聞いていたムムが、どうだと言わんばかりに顎を上げた。

09-02 長旅

旅の準備は一日で終わった。
食料の備蓄は残りわずかであったし、身の回りの物以外で薬草など、必要なものが多いのはペロだけであった。
わざわざ資源の乏しい拠点の周りで準備に日を費やすよりも、旅先で現地調達をする方が効率が良いと判断した。
アメジストをどれだけ持っていくかを、ヘチマとレムルスが話し合ったが、全て残す事となった。
旅立つ際、ウズマキとペロとムムは、入り口を封印した拠点に向かって、しばらくの間、祈りを捧げていた。

ウズマキが斥候となって先を進み、通りやすい道を探して進んだ。
数度、本隊と往復しただけで、ムムが、レムルスに背負われていた。
「ムム、マスターに甘えるな」
「だって、ずっと檻の中で生活してたから」
そう言われると、気の毒に思い返す言葉も無いウズマキであったが、しばらくすると足をくじいたペロが、レムルスに背負われていた。

老人にしては足腰が強いヘチマは、行軍の足手まといにほとんどならなかった。
その上、ウズマキやレムルスより、その日のねぐらにすべき場所を見つけるのが上手かった。
「若い頃ァ、いろんな一味を転々としてた時期がありましてなぁ」
レムルスは、旅慣れたヘチマが同行してくれている事を、頼もしく思った。
ウズマキは役に立たないよりはマシだ、と思ったし、老人を完全に信用しているわけではなかった。

眠るための準備を終えると、ムムが当然のように一番上等な山羊の毛皮を持ち、レムルスの隣を陣取った。
「ムム、マスターはお前やペロを背負って疲れている」
「え、レムルス、疲れてるの?」
レムルスは一度首を傾げた後、首を振った。
「マスターも、ムムを甘やかすな!」

岩山地帯から森へ、森をさらに奥へ。
森の行軍は、特にペロを喜ばせた。
「すごいねぇ。緑がたくさんだねぇ。あ、これも食べられそう。あれも、あれも」
山菜、薬草や香草、たまに花をこっそりと、ペロは摘んでいた。
レムルスの歩調は、ウズマキとの行軍訓練と比べ、はるかにゆったりとしていたから、皆に疲れは無かった。

森の旅に慣れ始めた頃、ウズマキに油断があった。
草むらの茂みによって、地面の高低差に気づかず、崖から転落してしまった。
そこは身軽なウズマキであったから、可能な限り落下する速度を緩めるために土や草をひっかき、受け身を取り、命の無事を得た。
しばらく動けないままでいたウズマキが、ようやく顔を上げると、黒い仮面の男が居た。
「マスター……申し訳ない。あ、足を、くじいてしまった……かも」

旅先で食料を調達し、毛皮も集まり、全員が来たる冬に備えた装いを整えた頃だった。
透き通るように綺麗な小さな湖を発見した。
まずウズマキが、全身の葉と毛皮を脱ぎ払い、一糸まとわぬ姿で、勢いよく水の中へ飛び込んだ。
ペロとムムが、レムルスとヘチマの視線を気にする事なく、ウズマキに続いた。
「おぉ寒い。やはり、まだまだガキじゃのぅ。で、旦那も行かなくて良いのかね?」

朝、ねぐらから外に出ると、既に雪が積もっていた。
冬が来たのだ。
雪を初めて見たウズマキとペロは大はしゃぎで、雪合戦を始めていた。
ムムは何やら雪で小さな造形物を作り始めていた。
完成したそれは、一糸まとわぬレムルスの、精巧な雪の像であった。

ねぐらの洞穴から、ほとんど外に出る事なく、既に三日が経過をしていた。
外は猛吹雪となっており、五人の歩みは完全に止まっていた。
「旦那、この辺りの雪は悪くねぇな。農作をしとる村が、見つかるかもしれねぇ」
前向きなヘチマの言葉を、レムルスはありがたく思い、ムシロを編みながら頷いた。
ペロは薬草の調合を、ムムは雪の行軍に向いた革靴を作り、ウズマキはただ、槍を磨きながら、暇を持て余していた。

ようやく森を抜けた先は、春の平原地帯だった。
その広大さに、その風に、その光に、少女たちは目を丸くした。
「運がいい。旦那、持ってるね」
「ヘチマ殿、皆が頑張ったおかげだ」
「頑張る? 馬鹿いっちゃいけねぇ。あぁいうのは、遠足って言うんだ」

09-03 旅商人

「私はリョウ。いいよ、そっちは無理に名乗らなくても。可愛い子供3人と老人連れて、のっぴきならぬ事情があるんだろう?」
誰が、何処から来て、何処に行くのか。
知ってしまい、尋ねるものがいれば、報酬如何によっては答えねばならない。
平原にて出会った旅商人、リョウと名乗る女は、そう続けながら、レムルスの眼前に商品を並べていった。
「ヴェ」
「この子の名前はコー。良いラマだろう? コーだけは売り物じゃないからね」
「リョウ殿。せっかくの取引、申し訳ないのだが、エメラルドの手持ちが無いのだ」
「良い声だね。私を警戒してなければ、油断もしていない。研ぎたての石の剣なら、これかこれかな」
「リョウ殿」
「物々交換ではどうだい。背中にぶら下げてる革靴、私の目は誤魔化せないよ。熟練の職人に作らせたね。あのおじいちゃんかな」
少し離れた距離で、二人のやり取りを眺めているヘチマと少女たちへ、リョウは笑顔で手を振った。
レムルスは少し思案をして、4人をこちらに来るよう、手招きをした。
村に辿り着くまで、なるべく足跡を残したくは無いレムルスであった。
だが、既に十分な情報量はリョウに伝わってしまっており、彼女が友好的である以上、邪険に扱うべきではない、との判断であった。
「マスター、この女は?」
真っ先に駆けてきたウズマキが、レムルスに問うた。
「ウズマキ、リョウ殿と呼びなさい」
「リョウ殿。私はウズマキ。マスターの一番弟子だ」
「はは。めっちゃ名乗ってるし。よろしく、小さな弟子さん。私は旅商人のリョウ。この子はコー」
「ヴェ」
「リョウ殿、私の言葉がわかるのか?」
「正直、部分部分だけど、東の方で使われてる言葉かな。ウズマキちゃんは整った顔をしているね。大きくなったら美人になるよ」
「本当か……! マスター、リョウ殿は良い人だなッ」
相手の良い所を持ち上げてくるのは、商人にとって挨拶のようなものであったが、レムルスは余計な事を言わなかった。
「姉ちゃん、茶があるじゃねぇか。しかもこりゃ、甘茶の上等なやつだ」
既にヘチマは品定めを始めていた。

「ありゃー、村かー」
リョウは頭を掻いて、言葉以上に難しい顔をした。
一通り取引を終え、今は全員で焚火を囲んでいる。
「ねぇって事ァ無いじゃろう。こんなに恵まれた土地が広がっとるんじゃ」
「じい様。もちろんあるにはあるよ。でも、あまりお勧めはしないね」
「もったいつけやがる。これだから商人ってやつは」
甘茶を満足そうに飲みながら、ヘチマは毒づいた。
「リョウ殿。こちらで、理由を聞いても良いだろうか」
レムルスは、毛布代わりに使っている毛皮をリョウに差し出した。
「革靴をもう一足。できれば、革手袋も付けて欲しい」
商人の真剣な眼差しであった。
その分、彼女の情報は信頼できるものだと、レムルスには感じられた。
「承知した。私が今身に着けているのでよろしいか?」
「やった。もちろんさ」
「脱がなくていいよ。レムルス。今から私が作るから」
囁くような声で、ムムが提案した。
「え? 作るって。はは、ムムちゃん、だっけ? これは大人の取引だから、悪いけど子供は……」
ムムは、必要な材料と道具を広げ、革靴を作り始めた。
「ちょ、ちょっと、おぉ? おぉぉぉ……」
ムムの迷いの無い巧みな手さばきに、リョウの切れ長な目が、どんどん丸くなっていった。
「魂消た。名人は、じいさんじゃなくて、ムムちゃんの方だったんだね」
リョウは、村の情報について話し始めた。

「ツル」という名の村が、ここから北西に徒歩でひと月ほどの距離にある。
リョウは紙と炭を使い、詳細な地図まで書いてレムルスに渡した。
周辺の小さな村がツルに集まり、人口が千人を超えるほどの、とんでもなく大きな村になった。
問題は、「鉄」という資源の鉱脈を、村が管理している事だと、リョウは言った。
「不味いな。そりゃ」
「鉄の採掘は全く進んでいない。村に戦士らしい戦士はほとんど居ない。後ろ盾の略奪者も付いてない」
「不味いなんてもんじゃねぇ、最悪だ」
ヘチマは言い切った。
「リョウ殿、ヘチマ殿、私たちにもわかるように説明してくれ」
不安そうに裾を掴んでいるペロの気持ちを、ウズマキは代弁した。
「ウズマキちゃん。もしも、狼の群れに、羊の肉を放り込んだらどうなると思う?」
「狼どもの奪い合いがはじまる」
「そう。その村が、羊の肉だって話なの。しかも特盛の」
ウズマキは、納得したようで、もっともらしく頷いた。
「時間の問題だろうね。今は数の力で何とかなってるけど、村長がヌルすぎるのさ。つまり、戦いを嫌がっている」
ペロは、より不安になったようで、レムルスの方を見た。
「村長がなぜ戦いを拒んでいるのか、これからどうするつもりなのか、リョウ殿はご存じか?」
「なぜかは知らない。これからどうするかは知ってる。鉄の採掘を進めて、略奪者が来た時の交渉材料にするんだって」
「めでてぇわな。旦那、こりゃダメだ。わざわざ嫌なもんを見に行く事ァねぇよ」
「いや、行こう」
ヘチマはギョッとして、レムルスを見た。
「リョウ殿が言っている事は理解できるが、実際にこの目で見て、判断をしたい」
ヘチマは大きく息を吸い込んで「仕方ねぇわな」と、吐き出した。
それがリョウには、興味深かった。
「じゃあ、一つだけ、おまけを」
リョウは、地図に添え書きをした。
「これを村の者に見せたら、私からの紹介って事で、村長と会えるかもしれない」
「リョウ殿、かたじけない」
「いいのいいの。私だって女だから、いい男にはいい顔をしたいのさ」
レムルスにしなだれかかったリョウを、ムムは皮靴を作りながら、横目でジロリと見た。