事態は、ほぼ最悪であった。
3人の略奪者が、ペロを拠点へとは逆の方向に連れ去ろうとしていた。
遠目からそれを確認したレムルスは、風のように、だが音も立てず近づいていった。
ペロまであと数歩の所まで辿りつく。
岩陰に隠れながら状況を確認する。
略奪者らは、ペロをまるで家畜のように、首と手を縄で縛り、力任せに引きずっていた。
ペロの頬には、殴られた大きなあざがあり、片耳からは血が流れていた。
「…………ゥ」
ペロを引きずるための縄を握っていた略奪者が、腹に受けたレムルスの一撃で、音も無く地面に倒れこんだ。
唖然とする残り2人の略奪者らは、武器を構えるための十分な時間をレムルスに与えられた。
「レムルス!!」
ペロが自分をかばうように前へ立つレムルスの背に叫んだ。
レムルスは、ペロの口元に血がこびりついていることを確認していた。
「……剛のレムルス!?」
略奪者の一人が呻くように叫んだ。
「なぜ、お前がここにいる! 薄汚い奴隷剣士め! 我々の禄を食んだ恩を忘れたか!」
ペロは混乱した。
略奪者たちはレムルスを知っている。
言葉のほとんどは理解できないが、口々にレムルスを罵っているようだった。
「この女は俺の獲物だ。じきに日が暮れる。この男を連れて去れ」
ペロは、レムルスが発した言葉も、理解できなかった。
なぜレムルスは略奪者の言葉を知っているのか、疑問に思った。
だがそれよりも、聞いた事も無いような、レムルスの怖い声に身がすくんだ。
「きゃッ」
レムルスが足元で気絶している男の顔を踏みつけた。
その野蛮な行為に、ペロはひどく驚いた。
「ぐぅ……」
「むぅ……」
仲間を足蹴にされてなお、2人はレムルスに、構えた武器を使おうとすらしなかった。
やがて、2人は気絶した仲間をそれぞれの肩で支え、去っていった。
3人の略奪者が消え去るまで、レムルスは周囲と3人への警戒を怠らなかった。
「…………レムルス。ごめんね」
「いや、こちらこそ、すまない」
「え?」
レムルスが、自らの片足を胸の辺りまで上げた。
その足の親指と中指には、ペロの耳飾りが挟まれていた。
レムルスに顔を踏まれた男が、ペロから奪いとっていたものであった。
「ペロの大事なもの。足で、すまない」
いつもの優しい、レムルスの声であった。
「…………レムルス、レムルスぅ…………」
ペロは、レムルスから耳飾りを受け取り、それを胸の前で握りしめ、その場にうずくまり、大粒の涙をこぼし始めた。
「…………」
その一連の出来事を、やや離れた岩山高くから、ウズマキは目撃していた。
ウズマキは、瞳を激しく燃やし、去っていく略奪者らの姿と方向を、睨みつけていた。