07-02 物市

物市の成果は上々だった。
首領にとって、予想をはるかに超える利益が上がったようだ。
その成果はほとんど、少女が生み出したものと言えた。
「金のリンゴを産む苗木だと、分かっていたのは俺だけだったな」
塔の最上階で、首領は高級な茶をすすり、満足そうに呟いた。
「ふぅ。ふぅ。おぉ、あちち」
ヘチマも相伴に預かっている。
「ふふふ。夜は上等な酒が待っているぞ。楽しみにしておれ」
上機嫌な首領は、一味に特別手当を支給した。
しかし、その金も、首領から物品を贖うために使うのだから、結局首領の懐に入る金であった。
少女はレムルスが居ない時は、たいてい背を向けて牢の隅に座っていた。
「レムルスの旦那はいかがでしたか?」
「剛のレムルスか」
レムルスに打ち倒されたヒガグチは、その日のうちに、首領から一味を追放された。
代わりにレムルスが、「剛の」呼び名を一味から受ける事となった。
ヒガグチの両腕だけではなく、ヘチマが選んだ黒樫の檻を素手でへし折ったと聞けば、異を唱える者など誰一人としていなかった。
「物市じゃ、一騎打ちの催しもあったんでがしょう? レムルスの旦那は活躍なさったんで?」
「いや、全く、その機会は無かった」
ほぅ。とヘチマは不思議に思った。
「相手が皆、レムルスとの戦いを避けよった。まぁ、損害が生まれなかっただけ、良かったとしておこう」
首領曰く、薔薇の一味で、剛のヒガグチを相手にもしなかったという情報が、他の一味にも知れ渡っていたからであろう、と。
「剛のレムルス、良い名ですなァ。したっけ、ガキ様の面倒見役としてだけでも、安い買い物で」
「あぁ。薔薇の一味に、契約を延ばす伝令を送ったよ。剛のレムルスは、もうしばらく、ウチが抱えさせてもらう」
「重畳なことで」
ヘチマはほッとした。
温厚なレムルスと過ごす日々は、ヘチマにとっても穏やかな気持ちが芽生え始めていた。
「とはいえ、首領。今一つ、不安が」
「なんだ?」
ヘチマは、ここ最近になって生まれた懸念を口に出した。
「レムルスの旦那は、あんな細身のどこに隠していたのか、とびきりに強い。それはもう十分に分かりやした」
ヘチマは、レムルスに破壊された黒樫の檻を眺めた。
へし折れた箇所は、既に修復されている。
「すると、レムルスの旦那が、あのクソガキ様を逃がしちまうんじゃないかって、心配をしやしてね」
レムルスであれば、十分に可能だと思われた。
素手ですら、あの有様だったのだ。
剣を一本与えてしまえば、昼間でも堂々とやってのけるだろう。
もしそうなれば、やはり咎めを受けるのは、ヘチマであった。
「心配いらんよ」
「おぉ、その理由を、この老木に」
「もし、レムルスが裏切るか、あるいは役に立たなければ、薔薇の一味がレムルスを罰する契約になっている」
「ほぅ。それは、それは」
ヘチマは安堵した。
ただ、レムルスの境遇を気の毒にも思った。
流石の彼も、裏切りはともかく、失敗しただけで、おそらく同じほどの強さを持つのであろう、薔薇の一味から追われるとは。
「…………」
ふと、ヘチマは少女の背中を見た。
小さな背中だった。
首領と自分が交わした会話の内容を、理解しているのか、していないのか。
ここ最近、少女は略奪者が使う言葉を理解しつつあるように思える。
ただ、会話の内容を知られた所で、少女にとっては、境遇を受け入れる理由が、一つ増えるだけであろう。
「………………」
「おい、どうした?」
「えぇ? あぁ、すいやせん。歳をとると、ついぼんやりする事が多くなっちまいましてねぇ」
「頼むぞヘチマ」
「へぇ、へぇ……」
ヘチマは、ぬるくなった甘い茶を、一息に飲み干した。