「ねぇ、ハッシュはウズマキのどこが気に入ったの」
「立ち振る舞いと、顔かな」
「あぁいう顔が好きなの?」
「そうだね。あぁいう顔が好きなんだ。ウズマキさんは、特に瞳が綺麗だ」
珍しく、ムムが自分から他者と会話をしている。
レムルスは、ムムが最も性格的に、村へ溶け込みにくいと思っていた。
だが、思わぬ師の社交性を見る事ができ、ほっと胸を撫でおろした。
「ふぅん。ハッシュは趣味が悪いんだね」
「そうかな。自分では面食いのつもりなんだけど」
「ウズマキはね、レムルスが好きなの。でも、レムルスは私が好きなの」
「へぇ。つまり、ムムさんは、何が言いたいんだい」
「ウズマキが好きなハッシュは、一番下にいるってこと」
「初対面の人に、あまりこういう事は言いたく無いのだけど、君は性格に難があるね」
カカカ、とヘチマが高く笑った。
ハッシュは苦笑いをし、肩をすくめた。
気の良い青年であった。
「ハッシュ殿。村長は、どのような方であろうか」
明らかに雲行きがおかしくなった話題を打ち切るために、レムルスがハッシュに問うた。
「レムルスさん。もうすぐ炭坑に着きます。ここまで来れば、説明するより見てもらった方が早いかと」
「ご案内、感謝する」
「村の中で一服できるかと思えば、ぐるっと外回り。なかなか思うようにはいかないねぇ」
広大な村を、恨めしそうにヘチマは見た。
「ヘチマさんは先に村へ入りますか。ご希望であれば宿を紹介しますが」
「いいや。旦那の側にゃ、この、黒樫のヘチマが付いていねぇとな」
「レムルスさんは、みんなに慕われているのですね」
「大きな声じゃ言えねぇが、剛のレムルスって聞けば、そこいらの略奪者らは尻まくって逃げちまうぜ」
「ヘチマ殿。私に、そのような実力はない」
「よく言う。黒曜石の小僧を、構えだけで負かしたってぇのに」
レムルスとヘチマのやり取りを、ハッシュは真剣な眼差しで眺めていた。
「レムルスさんは、ウズマキさんの師、なのですよね。どれだけお強いのか、想像もつきません」
レムルスは、買い被りだと言わんばかりに、首を振った。
「そうこうしている内に、炭坑へ着いたようです。朝、一番最初に穴へと潜り、仕事を終えると、一番最後に出て来るのが、ほら、村長のおツルさんです」
「あらまぁ、ハッシュ、可愛いお嬢ちゃんたちを連れて。飴食べるかい」
「おツルさん。レムルスさんたちは、取引が目的で、この村に来られたそうです。リョウの紹介状をお持ちでした」
「いーい男じゃないか。その剣は、リョウから買ったものだね。こんな格好で恥ずかしいねぇ。飴食べるかい」
おツルは、筋骨隆々とした巨躯を持つ熟女であった。
特に尻が豊満で、ヘチマなどは思わず二度見してしまったほどであった。
互いに自己紹介を終えると、ハッシュが口を開いて真剣な声を出した。
「おツルさん。こちらのウズマキさんは、手合わせをした所、私をはるかに越える武の持ち主でした。レムルスさんは、ウズマキさんの師だそうです」
「こらハッシュ、お前、お嬢さん相手に剣を振るったのかいッ」
「いや、その、振るう間も無く、負けてしまったわけなのですが」
「そういう事を言ってるんじゃない! こんな小さい子に剣を向けるのが、男らしくないって言ってるのだよ!」
「ま、まぁ、その、ごめんなさい」
「あたしじゃなくて、嬢ちゃんに謝りなッ」
「ウズマキさん、申し訳ない」
「おツル殿、気づかいはありがたいが、ハッシュ殿と私の勝負は、れっきとした試合であった」
レムルスが互いの言葉を通訳していた。
「あたしが目的としてるのはね、男であれ、女であれ、あんたみたいな小さな子が戦わなくてすむ村作りなんだよ」
おツルが言い切った。
ヘチマは、なるほど、飴のように甘い、と思った。
「話が逸れましたが、レムルスさんたちに、鉄の採掘にご協力頂けるよう、おツルさんからもお願いして頂けないでしょうか」
ハッシュはツルに睨まれながらも、懸命に状況をレムルスらに説明をした。
炭坑の奥には鉄がある。
だが、死人の巣窟となっており、手が出せない。
死人を一掃するための決死隊を、ハッシュは募っていた。
それに、レムルスらも参加して欲しい、と。
「駄目だ。あの道は、もう開かないよ。人が太刀打ちできる数じゃないんだ」
「おツルさん、気長に構えている時間は無いのです。鉄を手に入れないと、村に未来はありません」
「今掘っている石炭で十分だよ。もう、これ以上、死人の数を増やしたくないんだ。あたしは」
「私一人でも向かう覚悟です」
「聞きたくないね。尻を叩かれたいのかい」
「おツルさん!」
ハッシュは一歩も引かず、ツルに向き合った。
その間に、レムルスが静かに入った。
「ハッシュ殿、おツル殿、私とウズマキの二人に、その役割を、担わせて頂けないだろうか」
「……は? レムルスさんとやら、あたしの話を聞いていなかったのかい。子供は戦わせないし、大人だって死なせたくないんだ」
ゆっくりとレムルスは頷き、足元の石を拾い始めた。
「なンだい。あんたまさか、その石で死人と戦おうっていうのかい」
瞬間、レムルスが土壁に向かって石を投げた。
ドシュ。
その場にいる全員が想像もつかないような轟音を発し、石が土壁に深くめりこんだ。
「そ、そんな、少しぐらい、石を投げるのが上手いからって」
ウズマキが、レムルスに向かって、足元に転がっていた木のツルハシを、勢いよく投げた。
だが、レムルスの手前で、ツルハシは4つに分かれ、落ちた。
ウズマキ以外誰も、レムルスが石の剣を抜いた動きすら、見えなかった。
「おツル殿。私とウズマキは戦士。取引として、目的を達すれば、この村に住まわせてほしい」
本物の戦士を目の前にして、おツルとハッシュは、唾をのむ事しかできなかった。
「レムルスさん、ウズマキさん、ご武運を」
閉鎖していた道を男たちが開き、残るハッシュが頭を下げた。
最後までハッシュは同行を願い出たが、レムルスが拒否をした。
今、レムルスとウズマキの二人だけが、狭い炭坑を奥へ奥へと、身を屈めながら進んでいる。
「マスター、私は驚いた。私も、置いていかれると思ってたから」
「そうか」
レムルスは短く答え、天板の強度を確かめながら、慎重に進んでいく。
「ウズマキ、おツル殿が言っていた、子供が戦わなくても良い村作りとは、甘いと思うか」
「甘い、と思う」
「私もそう思う。だが、おツルどのが言うような村作りに、私も協力したくなったのだ」
「ではなぜ、私を連れてきた」
「そうだ。私はお前が必要だから連れてきてしまった。だから私は間違っている」
二人は無言になった。
しばらくして、ウズマキは、そっと、前を進むレムルスの背に触れた。
「マスター。私が、今どれだけ嬉しいか、分からないだろうな」