03-03 腰ミノの中に

食事の間、レムルスは、ウズマキとペロの生活について、話を聞いた。
これまで、ウズマキとペロの主食は、岩穴の隙間に生息する芋であったこと。
芋は干して保存食にするのだが、その干し加減は、ペロが名人級であること。
だが、この辺りの芋は全て採り尽くしてしまったということ。
ほとんどが芋の話に終始したのだが、2人がどう生き延びてきたのかを知るために、レムルスにとっては重要な情報だった。
ペロはしきりに、チラチラとウズマキを見ながら、レムルスとのこと、そして、これからのことについて話をしたかったようだ。
「その話は後にしよう」
だが、その都度、ウズマキが話を遮っていた。
レムルスは、今が、師の命を果たす時ではないかと、自問した。
しかし、互いの無事を喜び合う少女たちの様を目にする都度、その決意は揺らいだ。
師の命を果たす事は、レムルスにとって、時が経つごとに、より重い覚悟が必要となっていた。
今言わねば。
今言えなければ。
後回しにすればするほど、少女たちには情が移り、相反して、自分の業は積み重なっていくのであろう。
しかし、もし、仮に、師の命を果たさぬ道を、選ぶとすれば。
今では、その選択肢が、レムルスの頭に過ぎり始めている。
それは、レムルス自身にとって、想像の尽きぬ破滅への道であった。

「レムルス?」
ペロがレムルスの顔を覗き込んだ。心配そうな少女の顔であった。
蜘蛛の毒で意識が朦朧としている時、レムルスはこの少女に介抱をされた。
水路を抜けてきたのであろう、ずぶ濡れの少女は痩せこけた身体で、万全では無いであろう体調で、迷いなくレムルスの傷口を確かめた。
薬草を塗り、貼り付け、煎じた粉を飲ませる。
それは、レムルスをして、感心に値する手際であった。
さらにレムルス、滑らかな泥を用い、傷口の周りに何かの文様を描かれた。
これだけは、まじないの類だと思われる。
レムルスの身体には、だるさが残っているものの、ほぼ快方に向かっていた。
つまり、自身はこの少女に、命を救われた事になる。
情が移るも何も、まず、その恩義をレムルスは、返さねばならなかった。

「ペロ、レムルスは、男の決断をするために悩んでいるのだ。そっとしておいてやれ」
核心であった。
ウズマキの言葉に、一瞬平静を保てないほど、レムルスは驚いた。
レムルスの背筋は凍解するまでに、相当な時間を必要とした。
「ふふッ……。もう少し待てば、嫌でも決断することとなるぞ」
不敵に笑むウズマキは、どこまで、自分の考えを見抜いているのだろうか。
レムルスは、少女とのこれまでを思い返した。
ウズマキは、誇り高い人であった。
必要以上に人を頼らず、いや、明らかに必要な時でも人を頼れず、己の力で問題を解決しようとする。
貸しよりも、借りの方を忘れない、この世界では稀有な少女だった。
そして何より、ウズマキは、不屈の人だと、レムルスは思い知らされていた。
蜘蛛の毒を負った際、岩穴の中でウズマキに夜通し声をかけられ、翌朝から肩を借り、ここまでたどり着いた。
意識は朦朧としていたが、厳しい行程の中、自分の身体半分ほどしかない少女に、幾度となく救われた。
ウズマキが歯を食いしばり、汗や血反吐、涎らを垂れ流し、身体を支え続けてくれたその声、その一足を、忘れる事はできない。
森で出会った頃から、そんなウズマキの姿を見て、何度励まされたことか。
貸し借りで言うなら、自分の方がよほど恩義を受けている。
師の命を果たす事は、避けられぬ義務と現実であったが、ウズマキとペロに借りを返したいと思うのは、強い希望となっていた。
「なぁ、ペロ、レムルスに残った芋を出してやれないか」
「うん。もう全部出しちゃおうか」
「そ、それはそれで構わないのだが……お前という奴は、計画性があるのか無いのか、本当に分からんな」
「思い切りがいいだけだよぅ。ね、レムルス」
居心地の良い空気だった。
レムルスは、腰ミノに秘した師の命に逆らえきれぬまま、再び、答えの出せない自問自答に、沈もうとしていた。