05-03 選択肢

急ぎレムルスとペロが拠点へ戻ると、ウズマキが立っていた。
「ウズマキ、ごめん」
「ペロ、すまない」
ペロは、戦えない自分が足手まといになっている事を。
ウズマキは、戦える自分がペロを守れなかった事を、それぞれに詫びた。
ウズマキはペロの頬に殴られた痕を認め、目を固く閉じた。
「マスター。なぜ、奴らを殺さなかった」
レムルスは、遠目からウズマキが見ていた事を知っていた。
「………………」
レムルスは答えなかった。
略奪者の斥候隊を殺せば、その一味は決死の覚悟で報復に来る。
それは、今のウズマキに言っても、理解できない事だと思った。
レムルスは、もし、ウズマキが自分を疑い、手に持った槍を突き出しても、それを避けずに受け止めるつもりだった。
そういった覚悟の上で、何も答えなかった。
「マスター。頼む」
ウズマキは、レムルスをまっすぐと見つめた。
「今日は、今日だけは、一緒に、私たちと眠ってくれないか」
「レムルス。ペロからも……お願い」
レムルスは、自分が居なくなった後も、少女たちが過酷な環境で生きていられるよう、できる限りの知識と技術を教えたかった。
しかし、レムルスは、自分が誤っていた事に気づいた。
少女たちは、過酷な環境で生き抜いてきたとはいえ、大人でも、戦士でもない。
まだ、子供なのだ。
レムルスは頷いた。
ウズマキは、いつもよりも力無く頷いて応え、あれからようやく、ペロが微笑んだ。

水路の奥は、レムルスをして、仰天するような光景であった。
二人が耳に着けている耳飾りの原石、アメジストが大量に点在していたのであった。
暗い洞窟の中、見たことも無い、怪しくも美しい、紫色の輝きだった。
「驚いたろう、マスター」
ウズマキの言葉に、レムルスは頷いた。
「もし、マスターが、ここから去る時には、好きなだけ持って行ってくれていい」
寂しそうなウズマキの声であった。
直接的な言葉を交わさなくても、やがてレムルスがここから去るべき意思である事は、弟子であるウズマキが、気づかぬはずがなかった。
「…………」
アメジストは高価だが、危険な鉱石でもあった。
その希少さ、手に入れる事の困難さから、取引自体が難しい。
集落と集落が争い、果ては国同士の争いにまで発展した逸話まで残っている。
「ん、うんっ、んんッ、いや、マスターは手伝わなくてもいい。自分たちでやる」
ウズマキが重い石の蓋を水路の出口に置き、さらにその上に、少女たちは重しの小岩をいくつか積んだ。
水路からの侵入を許さない工夫だった。
壁からはかすかに隙間風も通っている。
水には困らない。
食料さえ蓄えておけば、素晴らしく安全な場所であった。
「マスター。今日はちょっと疲れた。早く眠りたい」
今日の衝撃に加え、ウズマキは日々の疲労も積み重なっていた。
二人は本当に眠そうにしていた。
「レムルス、こっち……」
水に濡れた少女たちの肢体が、アメジストの輝きに浮かび上がり、レムルスを誘った。
枯草を敷き詰めたのが、寝床だった。
そこにレムルスが腰掛けると、二人は両脇に寄り添うように、寝ころんだ。
レムルスはやや躊躇いながら、ウズマキとペロの頭を撫でた。すると、まず泣き始めたのはペロであった。
「ムム……ごめんね。ムム、ごめんねぇ………」
間を置かず、ウズマキが嗚咽を漏らした。
「うぐッ……ふッ、ふぅ……ひっく、ひっく、うぇ……うぇぇぇぇぇ」
レムルスは、二人が泣き疲れて眠った後も、ずっと頭や肩を撫で続けていた。
レムルスは既に、自分の選択肢を、一つへと絞っていた。