01-03 木のスコップ

日は真上に登っている。
じりじりと肌を焼く暑さ。
少女は、潜む場所を確保する作業を優先した。
夜までの時間を全て費やしても良い、と判断する。
旅先では、狭い穴と、それを塞ぐ蓋があれば良い。
天然の穴、もしくは隙間があれば良いのだが、見渡す限りは木と草が隙間なく台地を囲んでいる。
地理感の無い場所では、探すよりも作る方が確実で早かった。
要は、夜の間、自分ひとりが潜めるだけの穴を掘れば良いのだ。
いくつか草を引き抜き、折り、鼻で確かめる。
より香りが強い草を、穴の蓋にする必要があった。
手ごろな草はすぐに見つかった。
ただ、蓋になるように草を編む作業が、少女にとって不得意であったため、どうしても時間がかかってしまった。

しばらく苦戦して、蓋はできた。次は穴を掘る作業に移る。
日差しに照り付けられた乾いた土よりも、落ち葉が積もった下などの、湿り気のある土を、少女は選んだ。
土の表面に生えている草を可能な限りそぎ取り、残りは抜く。
少女は、作業をする自分の、細く頼りない指を見た。
仮面の男を思い出す。あの男の長く、逞しく、筋張った指と比べれば、自分の指はなんと頼りないものなのか。
疲労した身体で気力を振り絞り、腕と指に力を込め、土を掘る。
その一かきごとに、自分の手を鍛えるように。
工夫をしなければならない。弱い者が強い者に勝つためには、強い者より多くの鍛錬を重ねた上で、工夫をすることだ。
少女は穴を掘り続けた。黒い仮面の男への思いを、心の中で呟きながら。
男は、私から逃げた。私より弱いのか。いや、私の方が小さい。きっと弱い。
でも次は私が勝つ。疲れていても私の方が速い。あの男だろうが……どの男だろうが。
男……男、男たち。私から、私とペロから、ムムを奪った、男たち……。

「ウアアア!!?」
少女は驚くと同時に、後ろへと飛び跳ねる。
少女が顔を上げると、またしても仮面の男が、目前にいた。
少女は警戒が足りないと、自らを責めながら、視線を男からそらさず、地面をまさぐり、武器になりそうな石か枝を探す。
仮面の男が、木の棒を抜いた。先端には木の板が結び付けられている。
少女はさらに警戒を強めたが、男はその棒で攻撃する意思は無いようで、少女に差し出しているようだった。
「何のつもりか!」
問いかけると同時に、少女は差し出された棒を奪い取る。
男を理解できなくても、奪えるものは奪い、そして攻撃するべきだ。
しかし、少女がいくら棒を振り回しても、男はのろり、のろりと避ける。それがまた少女には腹ただしい。
自分が弱るのを待っているのか。それにしたって、回りくどい真似を。
「けだものめッ、私をもてあそぼぶか!? 私の名はウズマキ、お前の喉を嚙みちぎり、血をすすってやる!」
威嚇も、実際の攻撃も、全く効果がないものだから、少女は言葉で攻撃せざるを得なかった。
男は少し離れて、いや、実の所先ほどから、何かを伝えようとする動作を繰り返しているようだった。
その様が、余裕を持って少女の棒振りを避ける姿よりも、随分と必死に見えた。

男は、喋られないのだろうか。
ウズマキ、と自らを名乗った少女は肩で息をしながら、男を観察する。
少女から攻撃を受けない間はずっと、男は同じ動作を繰り返している。
ようやく少女は、男の身振り手振りから、男が棒で地面を掘る様を伝えようとしている事に気がついた。
少女が呆然としたまま、棒を地面に向け、男の真似をして地面を掘る仕草をすると、男はゆっくりと、大きく頷いた。

ウズマキは、自分が想定していたよりも、何倍も速く穴を掘り終えた。
初めて使うその道具は、「キノスコップ」と男は言った。
キノスコップの便利さと、男の声が想像よりはるかに低く、優しかった事に、少女はうろたえた。
どうやら、少女の使う言葉と、男の使う言葉は、種類が違うらしい。
しかし、なぜか男は、少女のつぶやく言葉を時折理解しているかのような反応を見せ、少女を不思議がらせた。
少女は、キノスコップを返す際、礼として男に何かを差し出さなくてはならなかった。
手持ちの食料は、もうストロベリーしか無い。少女は単純に、ストロベリーを男に差し出すのが惜しかった。
少女は身に着けた耳飾りを手でいじった。
それは少女の癖で、アメジストの耳飾りは、ストロベリーよりも少女にとって大切なものだった。
男はじッと、少女のその様と、耳飾りを眺めていた。
少女は男がその首飾りを狙っていると思い込み、観念して手持ちの果実を半分、男に差し出した。
そもそもその果実も、男から与えられたものかもしれなかったが、男は何も言わず果実を受け取り、仮面の隙間から口に入れた。
途端に少女は、葉の下で物欲しそうな子供の顔になった。
男が気づいて果実を差し出すが、決して少女は受け取ろうとしない。
男に渡したストロベリーは、出所がどうであれ、キノスコップを使わせてもらった対価であった。
少女が果実を受け取らなかった事に対して、男は納得をしたように小さく頷いた。
自分の意図が伝わったかどうかは分からないが、少女もやや大げさに頷いて見せ、借りたスコップを男へ返した。
すると、男は、少し思案をした素振りを見せた後に、穴を掘り始めた。
「お、おい! 貴様! 自分の穴を掘るのであれば、もっと離れた場所にしろ!」
少女が非難の声を上げていたが、男は構わず掘り続けた。
この男は、なぜ、こうも、自分に近づこうとしてくるのだろうか。
すぐ隣で穴を掘り続けている男を観察しながら、少女は考えた。
男がキノスコップを使って地面を掘る姿は、手だけでなく足、足だけでなく、全身の筋肉をくまなく使っている事がやがて分かった。
少女は男の技術をうらやましく、妬ましく思った。
夜の間まで、食料を探す予定であったが、少女は男の動きを覚えようと、真剣に見つめ続けていた。
ふと、男が動きを止め、指を刺す。その先には、少女が草で編んだ穴の蓋があった。
気づいた少女は、急ぎ香りの強い草をかき集め、蓋を編む。
男が掘っている穴は自分の倍も幅があった。
森の中で、男と少女が作業を行う音が、淡々と流れていた。
男が穴を掘り終えるのと、少女が苦労して蓋を編み終えたのは、ほぼ同時であった。
少女は男にためらいながら、草の蓋を差し出す。男は引き換えにと、先ほど受け取ったストロベリーの半分を、少女に渡す。
少女は躊躇わずに受け取り、ストロベリーを一口ほおばった。
労働の対価として手に入れた、果実の甘味を、少女はゆっくりと味わった。
男は、何も告げないまま、自分が掘った穴の方へと入っていった。
日は暮れようとしていた。
少女も急ぎ穴へと入り、蓋を固定する。
穴の中は暗く、強い孤独と不安に支配されそうになる。
だが、仮面の男が隣の穴に居る。そう思うと、恐怖が僅かに薄いでいった。
望まぬまでも、勝手なことを。
少女は改めて、自分の気持ちを戒めた。