01-05 一つの穴

山積みになったリンゴの傍ら。
少女が何個目かのリンゴを齧りながら、思案している。
やや恰好を付けたような姿勢になっているのは、空腹が満たされたのと、先ほどの失敗を隠しているからだった。
十分な水分を摂取した少女の肌は、瑞々しい張りを既に取り戻しつつあった。
間もなく夜が訪れるが、採ったリンゴの保管場所まで、少女は考えていなかった。
木にぶら下げるにしても、少女の背嚢には、その5分の一も入らない。
少女は、収穫したリンゴを、一個たりとも無駄にするつもりは無かった。

少女が思案をしている間に、男は大葉をたくさん採っていた。
その大葉を、少女に断りも無く少女の穴へと敷き詰めていき、リンゴを丁寧に入れていく。
「なるほど、良い考えだ。私に木の上で、夜通しリンゴを見張れと言うのだな。任されよう」
少女は男の意図を推測し、言葉にした。
男は返事もせず、リンゴを全て穴に敷き詰めた後、蓋をかぶせ、自らがハシゴを登り始めた。
「貴様! やはりハシゴを登れるのではないか!」
男は申し訳なさそうに、自分の穴の指差し、少女に入るよう、促した。
元気になった少女は、地団駄を踏み、男へ抗議する。
「馬鹿にするな! 何度も情けをかけられ、施しを受け、恥をかかされ、私にどうしろと言うのだ! 説明しろ!」
言いがかりのような言葉を男にぶつけながら、少女はハシゴを必死に揺らした。
すると、ハシゴはいとも簡単に、崩れ、壊れてしまった。
ハシゴの途中まで登っていた男は、軽やかに地面に降り立った。
「す……すまない。まさか、ハシゴがこんな簡単に壊れるとは、思わなくて……」
折角の道具を壊してしまった事は、少女を心底申し訳なくさせた。
男は上を見上げ、夜が目前である事を確かめると、やや強めな仕草で、男の穴に少女が入るよう促した。
「わ、分かった。貴様には……大きな借りができた。この上は従おう」
少女はうつむき、考え、ついに決心した。
「しかし、二人でだ。貴様が掘った穴なら、二人なら、十分入れるだろう」
少女の意図が男に伝わると。初めて男は、驚いた様を見せた。

なぜ、男はこうも、自分に与えるのだろう。
男の胸に顔を埋め、男のゆるやかな鼓動を聞きながら、ウズマキは考えていた。
闇の中。頭上に死者が徘徊する気配。
背を向き合いながら入れるほど、男の穴は広くなく、お互いが向き合い、半ば絡み合う形で、二人は潜んでいた。
逞しい胸板、太もも、腕、匂い、その全てを感じる事のできる位置に、少女は居た。
既に長い時間が経っている。
しかし、男のそれらに、慣れる事が少女にはできなかった。
自らの鼓動が高まろうとする都度、男から少しでも離れようと身体をよじるが、かえって他の部位が密着してしまう事になる。
少女ばかりが動き、男は微動だにしていない。
さらに時間が過ぎ、男のかすかな寝息が聞こえ始めた。
少女は安心し、ようやく少し、冷静になる事ができた。
(…………そうか、この男は、私とつがいになりたいのだな)
外の世界では、男女が結婚の儀を取り交わす事があると、少女は知っていた。
今の少女は、身体中が垢と汗にまみれ、身体に塗った泥の文様も、かすかに残った程度であった。
しかし、水浴びをし、身体の文様を塗り直せば、自分だって「それなり」なのだ。
そんな自分を見れば、男だってきっと、すぐにでも、はっきり求婚をしてくるだろう。
(そうか…………そうだったのか。しかし、貴様の気持ちに、私は応える事はできない)
少女は自分の使命を鮮明に思い描き、男に申し訳なく思った。
(だが、借りは返すぞ。貴様に借りを返すまで、貴様は私と一緒にいるのだ)
(そしてもし、もしムムを略奪者どもから取り戻す事ができれば、その時は…………)
できもしない、望めもしない、甘い幸福な未来を、少女は思い描いた。
少女の胸はさらに高鳴ったが、男が目覚める素振りを一切見せない事が、少女にとって救いだった。

黒い仮面の男は、眠ったふりをしながら、自問自答をしていた。
自分はいったい、何をしたいのだろうか。
これまでのやりとりで、少女の性格が、幼くも誇り高い事を男は理解していた。
穴を掘っていた時も、何度か手伝おうとしたが、少女は汗と泥にまみれながら、頑にスコップを譲らなかった。
一方的な施しを受ける事を良しとせず、借りた恩は、必ず返そうとしてくる。
この世界にとって、自分が育ってきた環境と比べて、少女の性格は、ひどく貴重なものに思えた。
そして、自分を拒む理由は、おおよそ見当が付いていた。
その上でも、協力し合えないまま、夜を越えるために、小穴一つに少女を委ねて良いものでは無いと判断し、今に至る。
男が少女と出会ったのは偶然では無く、師から申し付けられた命令であった。
目的を達せぬまま戻る事はできず、さりとて、危なっかしいこの少女を放ってはおけず。
どうすべきか、男は悩み続けていた。